フィギュアスケート語りブログ。男子シングルを羽生選手中心に応援しています。

フィギュアスケートと他の何か



基本どうでもいいですね…。以上。


というわけにはいきませんね!タイトルつけて記事書いてんだからw
様々な理由から四回転や表現に関する話など、選手の方からも色々思っていることが出てきているようで。
パトリック・チャン(性格悪いなーw)、アダム・リッポン(オトナじゃのー)、ミーシャ・ジー(また喧嘩売ってる)、フローラン・アモディオ(君も勝ちたかったのか…)などなど。
他にもいるかな?
ツイッターを情報網にしているわけではないので、漏れがあるかもしれませんが、ここではミーシャの話で進めて行こうかなと思っていますが。

まず最初に断っておきたいのは、私は基本クワドは入れようが入れまいがどうでもいいということです。
私がクワドを新たに入れると聞いた時、真っ先に考えるのは「それでプログラムはどうなるのか?」という点です。プログラムの完成度が全く…とまではさすがに言いすぎかもしれませんので、あまりに損なわれるのは個人的には許容できないです。

私は4分30秒、最初から最後まで楽しみたいのです。見せ場がクワドしかないのは熱が冷めますね。
高難度のジャンプは神プログラムを完成させるスパイスの一つだと思っています。スパイスだけで満足ができますか?私はできません。
ですが逆にクワドがなく小綺麗にまとめられて満足するか?といえば答えはNOです。男子の見せ場はやはり四回転であることは否めません。男性ならではのものが観たいという欲求はある。
ただ例えばジェイソン・ブラウンのように、四回転がなくても最初から最後まで凄いものを見せてくれる選手もいる。
だからこそ私は彼が好きなわけなんですが。

高難度のジャンプ合戦でなくては満足できなくなっていると言いますが、果たしてそれはどうなのかな?と。先入観の問題があるように思えます。
男子は四回転を入れるべき…という。
必須要素だという先入観をはずせば、少なくとも観客はもっと広く楽しむことができると思うのです。
もちろん豪快なジャンプだけが見どころだと考える方は多いでしょうけれど、最初から四回転を入れていないという点で切り捨ててる人は勿体ない事をしているなとは個人的には思います。

しかし、これはあくまで観客側の話で、選手側としては当然のことながら話が全く違ってくるわけです。
競技は競技で試合は試合なわけです。
スポーツの進化がーとかフィギュアスケートの未来がーというのは、はっきり言って綺麗事で理屈にすぎない。
答えは実にシンプル。皆、勝ちたい。それだけですよね。

どんなに表現が大切といっても、試合で勝てなければ意味がない。だから皆競って四回転をいれるし、入れようとするわけです。
今の採点法ではどうしてもオールラウンド+ジャンパータイプが強いです、そういうトレンドを作り上げました。
そこにパトリック・チャンが異を唱えて(表現を重視したいという…)330点で横っ面を張り倒されたわけですよね。
SEIMEIも私は表現の種類の一つではあると思いますがそれはまた置いておきますね。一応書いたのは…まあお察し…。

今、あらゆる論争が起こっているのは当然のことだと思います。
それを経て競技をよりよいものに変化させていくんですから、多くの意見が出ることは歓迎したいと思います。バンクーバーの時にも四回転論争が起きましたよね?全く逆の論争でしたが…。

私の個人的な意見としては、ミーシャの意見には同意は同意なんですよ。
ですが彼の立場で言っても綺麗事にしか過ぎないのです。
だから見せてほしい。表現者という自負があるのなら、これがフィギュアスケートだという演技で訴えかけてほしいと思います。

四回転なんて一本しか入らなくていい。最悪入らなくたっていい。
これがフィギュアスケートだと。
これに点を与えてくれと。
四回転だけが全てじゃないとそういう演技で証明してほしいんですよね。
怒りとか気迫とかそういうのって伝わると思うし、ずっとフィギュアを見てきた人なら転倒があってもいいと思える演技や、回転不足なんて関係ない!いいものはいい!と思った瞬間が必ずあるはずなんですよ。

まあ今度は350点でアッパー食らうかもしれませんが…、やっぱり私としては演技で魅せてほしいなと。

大変分の悪い闘いですし、先ほども書きましたが結局のところ選手は皆勝ちたいわけですからね。
こっちは完璧部外者なわけですからwwwただ、そういうもどかしさも演技に昇華したらいいもの見られるかもしれないのにーという、一スケートファンの身勝手は重々承知。

いい演技を見たい、それだけなんですよ。



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  1. フィギュアスケート(一般)
  2. / trackback:0
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難しいですね

  1. 2016/02/06(土) 01:25:58 |
  2. URL |
  3. りお
この前は丁寧なお返事ありがとうございます。
気を悪くなんてしてません。面白かったです。
私は羽生くんの演技にはいつも表現を感じていたのでそれを感じるときと感じないときがあるという神無月さんの感想が新鮮でした。
人には好みがあるので演技とか表現て難しいなと思います。

この前テレビでお母さんとフィギュアスケートを見ていました。
そしたらパトリック・チャンは宇野くんや羽生くんに比べて表現力がないねと言われました。
私が何故かと聞いたら腕の動きが固くて気になる。
もっと体全体がしなやかに動いたり曲にあわせれば良いねにねと言われました。
私はそういう部分はあまり気にしていなかったので驚きました。
それも表現の好みなんですかね?
お母さんはマイケル・チャンと間違える素人なのできっと良く分かってないんだと思います。
でも神無月さんが演技について色々と書いてくれてので何だか考えさせられました。
皆に伝わる演技って何だろう?
お母さんにはパトリック・チャンの表現は伝わらなかったのかな?
分かりやすい羽生くんや宇野くんに比べると上品で玄人好みな表現ながパトリック・チャンなのかなと私は思いました。
フィギュアスケートについてはまだまだ知らないことが多いので見当違いなことを書いていたらごめんなさい。

今回の4回転と表現って今はどちらも大切なのかなと思います。
ミーシャ・ジーが今の立場で色々と言っても単なる負け惜しみみたいにとられてしまうのは残念ですね。
口ではなくて演技で証明するのがスケーターなんですね。
でも私は今のスケーターたちも個性に溢れてて素敵なので単調で皆同じようになっていると言われると悲しいしあまり同意できないです。
全部がそうだと決めつけるような書き方だとミーシャ・ジーも賛同を得られないのではないかな?と思ってしまいます。
難しいお話で纏まっていなくてごめんなさい。
また色々と考えて書き込みします。

今回のクワド論争?はジェネレーションギャップのお話なのかなーと

  1. 2016/02/06(土) 09:20:20 |
  2. URL |
ちょんまげー話のすぐ後に、クワド論争の話とかw 相変わらず神無月さんはギャップが面白い!

ギャップといえば、今回のクワド論争(と言っても、別に誰かと論争してるワケではない?)って、私はジェネレーションギャップのお話なのかなーと思いました。

今回のクワドと今のフィギュアスケートについて話している4人は、全てバンクーバー世代です。
これを仮に「じじい世代」と呼びましょうかwww

えーと、このじじい世代は、厳密に言うと、バンクーバー五輪経験者2人と、その時のルールやトップ選手達を目標として戦ってきた人達です。バンクーバーをトレンドとしてやってきた選手なんだと思う。

だから、じじい達は今のフィギュアスケートのトレンドに「納得できん!」「違和感を覚える。」「ついていけなくなった。」こんな話なんじゃなかろうかなーと。

実際、次世代ジュニア男子(仮に小僧世代としとこうか?w)が、どう思っているかというと、クワド習得って3回転ジャンプ習得しなきゃというのと同じレベルで考えてると思います。発言を聞いててもそうだし。

小僧がシニアでのし上がろうと思って最初に取り組まないとならないのは、TESでじじい世代に勝つレベルまで持っていくことでしょうから。だって、PCSはどうしたってじじいにはかなわないですもんね。

で、ここまでは、今回の発言はジェネレーションギャップが発端となってるんじゃないかという話なんですが...じじい世代の発言の内容は、もっともだよね。うん、そうだな。と思う点が多々あるんです。

Pちゃんが言ってるのって(言いたいことと言った方がいいかな)こういうことですよね。

「今トレンドになっているフィギュアスケートは、技術と芸術のバランスが取れていない。」

「人はジャンプに騒ぐばかりで、プログラム全体を見ていい作品だと言っているわけではない。」

これって、私もそうだと思いますもんw
えーと、今、トレンドを作っているゆづの演技を観ていてそう思いますwww

ゆづは技術的には突出しているけど、その技術力に比べて表現力や演技力は落ちるな。作品として魅せる演じ手のレベルまでは、申し訳ないけどまだいってないな。ってw 

そして、りっぽんの言っていることも、よくわかります。わかります。
「選手がみんなユヅルみたいな演技をするようになったら、試合は面白くない」

その通りでしょ。観てる側としては、その路線の演技ばかりだったら観たくないもん。飽きるわ!w多様な演技が観たいもんね。

その為には、じじい世代が生き残れるようなルール改正を早くしてほしいw

えーと、じじい世代と言ってしまったけど、Pちゃん達まだまだ若いです。失敬しました。
ミーシャはね、いいこと言ってるとは思うけど、私も神無月さんと同じく...あまり彼が言っても説得力ないかもねむ。。。

神無月(口悪いな)

  1. 2016/02/06(土) 10:49:08 |
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  3. つっちー
タイトルは、習って書かせてもらいました。(^_^)
神無月さんの面目躍如の記事ですね。パチパチパチパチ。
いいなぁ、やっぱりこういう記事が神無月さんて気がする(^_^)
どこがいいとか書くのは野暮ですが。
吹きましたよ~。
特にこの三カ所。

アモディオ(君も勝ちたかったのか…)
330点で横っ面
350点でアッパー

300点越えるか…って当たりはボディーブローだったわけですね(>_<)
何点でマットに沈んじゃうんだろう?あわわ。

そうですね。選手は勝ちたい、メダルほしい。
全くそんな可能性のない選手はクワドなんて気にせずにいられるけど。
ミーシャは一昨年まではそんな選手だと思ってたんですけど、去年の躍進がね…。
3A入って、やるぞー!って思ったらクワド四本とか三本とかに時代は進んでしまった感じ?
OH!NO!ですよね。
と考えるとショーマ先輩はすごいな。時代に軽々と乗った。

ジェイソン君のようにクワドなしでも魅せれる選手がクワドにより崩壊するのはツライな…。

アモのように今のルールでは上位に行けないから引退っていう選手が増えるもさみしいな。
ファンのエゴでしょうが、私も、自分は自分、私の世界を見て!っていう選手が増えてくれればいいなと思います。
選手としてのモチベーションはそれでは無理なのかな?
お金がかかるスポーツですしね。よけい結果が求められるのかも。
ルール変更が待たれるのかもしれませんね。しかし、プルとか吠えそう。

観客を沸かせましたよ賞ってのができてもいいかも。

話はそれますが、ミーシン先生のインタで結弦様について、よく、体重が軽いから圧倒的に有利だ、ていうニュアンスが受け取れます。
女子で体重が軽いうちはジャンプが跳べるけど、育つと、、、ってありますが、男子では結弦様とかボーヤンとかそのままですもんね。それに技術が上がっていくわけで。そのうちオモリつけろとか言われたりして(>_<)

オールラウンダー+ジャンパーが増えるのはうれしいけど、一芸に秀でた選手もいてほしいな。エゴですかね(>_<)

選手が目指すところ≠観客の見ごたえ

  1. 2016/02/06(土) 12:17:17 |
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  3. あめり
こんにちは。
以前一度だけコメントさせていただいたことがあったのですが、自分の文章がテンション上がり過ぎで恥ずかしかったので今までこっそり記事を読ませていただくだけに留まってました。
ですがクワド論争というタイムリーに自分が考えていることを記事にしてくださったので、長くなりそうですが語らせてください!

神無月さんが記事の中で、4回転について自分の思いを話していると挙げた選手はみなさんどちらかというとジャンパータイプではなく表現に重きを置いている方ですよね。
ですが、選手にとって目指すべきなのは

4回転+プログラムの完成度が高い演技 > クワドレス+プログラムの完成度が高い演技

ですよね。そっちの方が点をもらえるのだから。
要は羽生くんがやった『4回転3本入れてその上で他のエレメンツも完璧に揃える』演技をやればいいんですよね。勝つために試合に出るなら。
ただ、それはみんながみんな出来ることじゃないからそれぞれ自分の強みを取り入れたプログラムを作ってそれで勝ちを取ろうとしている。
難しいジャンプをいっぱい跳んで基礎点を積み上げていく作戦なのか、
美しいスケーティングやつなぎたっぷりの演技で高いPCSを狙う作戦なのか、
ジャンプやその他のエレメンツを完璧に決めてGOEをたくさんもらう作戦なのか、
それは選手によってさまざまですが、複数クワドや数種クワドを入れるというのも作戦のうちのひとつですよね。
今流れがそっちに向かってるのはそうしないと勝てないと考える選手が増えているというだけのことであって、そう考えていない選手は自分の(コーチの、かもしれないけど)作戦が最善の結果を生むと信じてやればいいだけのことかなと思います。
私はそういうさまざまな作戦を見るのが楽しいので、自分の強みを充分に生かしてほしいです。



ただ、観客の見ごたえという部分では

乱れた4回転 < 美しい3回転

なのかなと思います。
スケオタだったら4回転が3回転に抜けたー!とか見てて分かるけど、ジャンプの見分けがつかない人からしたら4回転してるのか3回転してるのかぱっと見分かんないですよねたぶん。
ただ、私は他の方や神無月さんとは感じ方が違うのかもしれませんが、表現がぼろぼろでもすごいジャンプを見せてもらえたら感動するのでボーヤンが好きです。
例えばPさんだとスケーティングを見るのが面白いのでジャンプの成否よりステップとかつなぎとかを見てますが、ボーヤンだとそこの部分はもうすぐ4回転来るぞわくわく、みたいな気持ちで見ているというか。
あまりフィギュアスケートを芸術として見ていないというのも関係しているかもしれません。
美しく滑っている選手を見るのは好きですが、私のノリは完全に野球の試合をテレビで見てるおっちゃんなので……

いろいろ語らせていただきましたが、世界選手権が楽しみです!
選手のみなさんには氷の上で、己の信じた道を突き進んだ結果を見せてほしいです。
最後ちょっと塩っぽくなっちゃった……

論より証拠

  1. 2016/02/06(土) 18:01:15 |
  2. URL |
  3. USB
クワドのないフィギュアなんてクリープのないコーヒーのようwww
な~んてね。

まぁ、誰しも絶対王者羽生結弦を頂点から引きずり下ろしたいわけですよww
あの手この手の屁理屈こねて。
私はこの手の屁理屈は大いに声を挙げてほしい派です。

何故かというと、羽生君にこれぞ羽生結弦☆究極の滑りの着地点を
引退までにみたいからです。

このままでは、羽生君の思い描く世界観での独壇場ではないですか。
そんなの面白くもなんともない。
SEIMEIは、1つの世界観を作り上げたと思うんですよ。
シンプルな曲の中で高難度構成を、次々決めていく緊張感…。
この緊張感を演じてる羽生君はもちろん、ジャッジ、観客、見てる者すべてが一体感をもって味わうことで得られる、成功のあとのエクスタシーというかね。

こういうのは、表現に重きを置いているスケーターたちには出せない世界観ですよ。だったら、それに対抗する世界観をどうだ!とばかり出してくれたらいいんじゃないかなぁ。

羽生君だって、ここまで登りつめるまでに本当に試行錯誤の連続だったと思います。で、やっとパトリックが至極の世界だったところに分け入ったんです。

誰かが、羽生君に待った!をかける演技をやってくれたら…
面白いじゃないですか。
そういう意味では、しょーま先輩は期待でしかないですわwww
だいたい、あーだこーだ言ってからやるよりも、
論より証拠、いきなり試合でやられるのが一番インパクトありですからね。
しょーま先輩はシレーっとやるからねw

うん、言われると思った

  1. 2016/02/06(土) 20:11:49 |
  2. URL |
  3. じゃむし
>基本どうでもいいですね・・・だよねーだよねーそう思ってると思いましたよ。そう思いながらも記事上げ、ありがとうございます。。。

まず前提として、どんなに性格が悪くともwww(可愛いじゃないのv-238)大人の発言でも喧嘩売ってても、口では何を言おうが結局はアマチュア選手は『競技会で勝ちたい』『他人の上行きたい』のが唯一の願望であろうと思ってます。

で、見る方としては、私はただ見てるだけの人ですから無責任な私見しかないわけなんですけどwww

えと、私もね、クワドは演技のスパイス、同意でございます。男子ならではの豪快なスパイスが効いてなくって全員横並びに3回転まででちんまりまとまった演技だけになったら、私男子なんか見ませんよ、だって男女同じような演技だったら女子の方が綺麗で可愛くて美しくて可憐で愛らしくて・・えとえと、見がいがあるじゃないですか。
だからと言ってクワド入りゃいいのか、ってことはなく、ちょうど昨今のジュニア男子のような跳んだ・とりあえず跳んでみた・・な演技も、見ながら眠ってしまうので私には無理です。

まさに今ISUが男子に求めてるのはホールパッケージ+高難度プロをゲージュツテキに(このへんはまだ異論はあるかと思いますがww何をお察しすればいいのじゃ!)遂行しうる選手、なんでしょうね、N杯・GPFのはぬう氏やハビに狂ったように満点つけまくったジャッジ見てそう思いました。

こんな時代選手は大変ですよね、一種でもクワドをプロに入れるの、ひと握りの選手しかできない、まして多種とか・複数とか、努力だけでは到達できない選手の方が大多数なレベルでないと、世界では勝てない。
でも、アマチュアスポーツはみんなそう、天才が努力してトップを極めるもので、ほんの少し才能が劣っても・才能あってもほんの少し努力が足りなくてもトップには立てないもの。
だから、今のルールがどうとかこうした方がとか、私にはなんの意見もありません(意見言う立場でもないしな)。

ただなまじ『演技』なだけに、見てる方にも思いがあったりするんでしょうね。例えば私はジェイソンの演技大好きで、彼の場合3Aすら邪魔(助走長くて演技途切れますよね、クワド入れたらもっと・・・)だと思ってしまうんですけど、入れなきゃ勝てないばかりか活躍の場が減って彼の演技を見る機会さえ減ってしまうんですよね。実績なければ引退後ショースケーターになれるかどうかも。。ミーシャだって3Aですら構えて世界観乱してたのに、クワド入れたいのか、勝ちたいんだから当たり前、上狙ってくれないと国際舞台で見る機会減っちゃうし、と微妙な思いになります。

ジュニアはまあいいか、と思ってました。演技ぶち壊してクワド入れて大遭難する経験を繰り返して、シニアに上がってから演技に溶け込ませんるよう磨いてくれればそれで、と。でも怪我情報ありすぎると、なまじ10代の子のことだけにおかん魂が黙っていなくって心配で可哀想で

まあそんなこんなで、ちょっとこのところはめり込んだ心境だったわけですが、ちょんまげですっかり元気になりましたwww(簡単なやつと呼んで)

最終的に、好きなスケーター達が大舞台でいい演技をして目標に近づいてってくれたら、それが一番いいんですけどね!!

なるほどなるほど

  1. 2016/02/06(土) 22:45:52 |
  2. URL |
  3. らい
皆さんの意見面白いですね
神無月さんのバッサリぶりは流石です
今ってきっと色々な意味での過渡期なんですかね
本当の意味でバンクーバー時代が終わって新しい世代になっているというか
今の若手は確かに技術かクワドかなんていってる選手いないですもんね
表現負けたくないって言ってるしょーまさんもクワド2種入れる気まんまんだし

バンクーバーのクワド論争からパトリックが演技でクワド時代を引き戻しました
今羽生選手は演技でオールラウンダークワド時代を牽引しています
他の選手が演技で殴りこみをかけてくれるならそれはそれで大歓迎です
きっと羽生選手も演技で殴り返してきてくれると思うのでw
それはそれで楽しいじゃないですかww

ただ、色々と言っているパトリックですが
クワド2本入れてもジェイソンに負けるルールになったらどうなるんでしょうね?
そのときパトリックが何を言い出すのかとても興味深いです
(あれ、自分もなんだかだんだん性格悪くなっていってる気がする。すみません)

ただ上限のないTESに対してPCSとのバランスは悪くなっていると思うので
そこは改善の余地ありですよね
まー今の論争を経てどういう方向性にいくのかまったり見守ります

やっぱり俺も一言言わねばなるまい

  1. 2016/02/07(日) 09:09:17 |
  2. URL |
  3. 普賢岳
思いもかけず神無月さんがこういう疑問を投げかけられたので、「前科のある」私も一言言わせてもらいます。皆さん、覚悟してくださいね。

私はね、結弦の演技に芸術性があるとは思っていません。以前完璧な技術に芸術が宿るみたいなことを、その語源まで出してきて仰っていた方がおられましたが、間違いだと思います。スピンやジャンプが見事なタイミングで美しく決めてもそれは、フィギュアスケートというスポーツの範疇でのことです。内村航平選手や白井健三選手の見事な演技もそれはそれは素晴らしいです。芸術的だとわたしも思います。しかし芸術ではありません。そこで披露される技はそのスポーツが求めているものです。あなたは、ラグビーの選手が見事なタックルを決めて芸術と呼びますか?相撲取りが土俵際でうっちゃりを決めても芸術ですか?ボクサーが一瞬の隙にパンチを食らわせて、相手を血祭りに上げても、下手して殺しても芸術ですか?対人競技だからしょうがないと考えないでください。重量挙げの選手が見事なタイミングと技でスナッチを決めたら芸術ですか?美男美女が技を決めると素人は理性を失って「芸術」と呼びます。胴長短脚、醜男醜女が同じくらい見事に技を決めても人は「芸術」とは呼びません。間違いです。

ほとんどのスケオタはジャンプが決まればそれで満足だし、美男美女に騙されます。一度音を消して刃と膝だけ見ればわかります。結弦はエッジが浅いので、スケーティングは下手。、刃も長いし、脚も長いので速いリズムの細かいステップは物理的に踏めないんです。手足が長いのは大方の素人の見方と異なって、致命的な欠陥なんです。

ジャンパーばかりではつまらない。どうしたらいいか。フリーで跳べるジャンプの回数を減らすことです。単独を3本、コンビネーションを2本だけにすると良いでしょう。それと「音楽との調和」を「メロディとの調和」に、もっと厳しく言うと「楽譜との調和」に換えるといいでしょう。

アンチだろうがなんだろうが、歓迎します。波風立てるの大好きですから、がっつり受けて立ちますよ。論破します。

ただ、感動したい

  1. 2016/02/07(日) 12:44:02 |
  2. URL |
  3. 奈津
こんにちは。いつも楽しく拝見しています。フィギュアに限らずスポーツ何でも見るのですが、要は感動できるかなんです。フィギュアでいえばジャンプでもスピンでもスケーティングでも振付でも何でもいいから感動させてほしい。それを大前提にクワド論争について思ったことを。
神無月さんもおっしゃってますが、フィギュアスケートが競技となっている以上点数がつく、そして競技者としてはやっぱ勝ちたい。根っこはそこにあると思います。そもそも芸術性に点数をつけるのは至難ですものね。今が技術点寄りなのは否めませんが、それでも今シーズンは四回転の転倒はGOE-4付くし「四回転入れるなら綺麗なのにしてねー」という上の方々の意向も感じます。そんな中で美しい四回転を跳んでの点数なのだから文句ないんじゃね、と私は思います。でもでもクワドを多種・複数入れられない人を救済してーというのならショートはクワド禁止にしたらどうでしょうか(すごい暴論。ていうか私がそんなこと言ったって変わるわけないけど。)ショートは同じフィールドで、でもフリーは羽生さんに好きなことやらせてあげてよね、的な感じで。
つっちーさんの「オモリつけろとか・・・」は「競走馬かよ!」とツッコミを入れたほど笑いましたが、このまま羽生さんばっかり勝つようなことになれば笑いごとで済まされないかも。これまでも水泳とかスキージャンプとか日本人が活躍しだすとルール変更とかで押さえつけられてきてるからなー。平昌の前シーズンの来シーズンあたり、とんでもないルール変更とかあったらやだなー。
スポーツの世界もドロドロとかあるけど、やっぱ感動させて欲しいです。そして私は羽生結弦に感動させてもらってます。(無理やりまとめましたm(__)m)

どうなるのかな?

  1. 2016/02/07(日) 22:43:41 |
  2. URL |
  3. こたっぺ
神無月様、おじゃまします。

選手は皆、得意分野で得点を上積みしようと戦略を練ってきますよね?加点を増やそうと・・・。で、私も皆さんと同じくジェイソン・ブラウンくんの演技が大好きなのですが、(ソチシーズンのグランプリ仏大会でファンになりました)最近の演技はあまりにつなぎが多すぎて、滑りが複雑すぎて(立ったりしゃがんだり、飛んだり・・・)忙しすぎて、作品を完成させようとしているのか、得点のためなのかわからなくなることがあります。バランスが大切だとつくづく思います・・・。

私たちの彼には「突出したオールラウンダーであれ!!」って言いたいです。

クワド論争からずれたコメントですみません。

PS 17日の「NYOI」参戦しました。ジャンプを跳ばなかった(のですね?わからなかった)ジェフリーバトル素晴らしかった!!  前日に見切れA席(さんざんな席だったとか)で観戦した友人の情報から、余り期待せずに行ったのですが、めっちゃ良かったよ~。男女シングル選手のみの、淡々と進行していくショーでしたが、個性豊かな演技の数々に大満足でした~!!(正面中央席だったので、さっとんにひゅーひゅーしたよ・笑)


放物線の美

  1. 2016/02/08(月) 23:06:17 |
  2. URL |
  3. goldenbow
今回のクワド論、コメント欄も含めて、と〜っても興味深く読ませていただきました。世代間の対立と捉えたクワド・ジェネレーション論とか目の付けどころからして面白いですね。私の頭の中はまだごちゃごちゃで、とても「論」にはまとまりそうもありません、、、

>四回転なんて一本しか入らなくていい。最悪入らなくたっていい。
これがフィギュアスケートだと。
これに点を与えてくれと。
四回転だけが全てじゃないとそういう演技で証明してほしいんですよね。

>ファンのエゴでしょうが、私も、自分は自分、私の世界を見て!っていう選手が増えてくれればいいなと思います。

>SEIMEIは、1つの世界観を作り上げたと思うんですよ。
シンプルな曲の中で高難度構成を、次々決めていく緊張感…。
この緊張感を演じてる羽生君はもちろん、ジャッジ、観客、見てる者すべてが一体感をもって味わうことで得られる、成功のあとのエクスタシーというかね。

引用ばっかりで申し訳ないんですが、特に上の三つにはぐっときちゃいました。みなさん、本質を鋭く突いていてしかも熱いです!


クワド論で括ってしまうと考えがまとまらないんですが、昨夜の酒場亭を見て「表現」についてはちょっと思うところがあって、、

昨夜、宮本先生も「感情だけではない表現を」なんて言ってましたが、正直言って、この羽生選手の表現に欠けてると言われるものの具体的なイメージが、はっきりとは思い浮かばないんです。

私的な好みを言えば、彼の表現がもっとも美しく活きるのは、むしろ余分なものをそぎ落とし、間合いを十分にとり、「たゆとう」ような滑りで魅せるシンプルで優しいプロなんじゃないかと夢見ています。ジャンプの後いきなりステップに入るよりは、ジャンプの描く放物線の美を嘆賞するゆったりした間が欲しいです。試合では到底使えませんね。

萬斎さんが対談で「西洋の人はすべての音に動きを当てるが〜云々」と話すくだりを聞いて、これこれと膝を打つ思いでした。ハビに対抗するわけじゃないですが、萬斎さんが振り付けに関わって下さったりすると嬉しいんですけどね。

ミッツさんがいいこと言った!

  1. 2016/02/08(月) 23:10:46 |
  2. URL |
  3. ちいこ
神無月さん、面白い記事をありがとうございます!
こういうの大好きでーす、ぐふぐふw

ミーシャの発言。。。予想以上の反響だったみたいですね。
私もこういう意見が出てくることには賛成です。平昌後には大規模なルール改正がくるだろうと予想されていますし、何より選手達自身が今の状況をどう思っているか伝える手段って、ISUの役員になるかwSNSを使って意見を表明するかくらいしかないですから。
羽生君がやっていることが批判されたかのように受け取られて反響を呼んだのかしらん。
めんどく。。。いえやめておきましょう。

高難度のプログラムは好きですが、それだけで心に訴えかけるかというと、そうではないと思っています。
テクニックの権化みたいに言われている羽生君だって、ニースのロミオはたたみかけるような完璧なジャンプ・スピンもですが、何よりも気迫とか魂をさらけ出した演技が見ている人の心を揺さぶったわけで。DVDで見ると、最後の方はヘロヘロでPCSもすごく高いわけではないけど、あれこそ記録にも残ってますが、記憶に残った演技だと思います。
ソチの真央ちゃんのラフマニノフもテクニックで言えば回転不足もあったし完全ではないけど、エレメンツを超えた何かがありました。(え?違う?)
昨日のスポーツ語り亭で、ミッツさんがニースのロミオについて、「あの雄叫びもエレメンツ」だと言っていて膝をうちました!
感情や情熱をフィギュアスケートの競技から切り離す傾向があるのはなぜなんだらう?
それも含めてフィギュアスケートなのではと、ニースのロミオやソチのラフマニノフや古くはロロ様のダルタニアンを見て思いますな~。

あの名演技から「感情」「パッション」をとったら果たして何十年後も語り継がれる名演技になったのかどうか??

エレメンツが美しいことは第一ですが、
演技の根底にある感情とかパッションなどをちゃんと演技に昇華できる選手が増えればいいなと、思いますな~。
最初は独りよがりかもしれないけど、やがて技術が身について大輪の花を咲かせるかもしれませんし。

そして、私もミーシャに「これが俺のフィギュアスケートだ!」と観ている人を唸らせるスケートを見せてちょうだい!と思います。

あと、パトリックは好きだけど、今気づきましたがパトリックって表現の技術のことは饒舌にしゃべるけど、「こころを込めて滑りました」とか「情熱うんぬん」って言わないですね。。。そのあたりが羽生君との個性の違いかもしれないなと思いましたとさ。

振り子のように

  1. 2016/02/09(火) 21:46:18 |
  2. URL |
  3. ぽけっと
行ったり来たりし続ける問題なのでしょうね。
見ていて楽しいと感じる基準や、クワド以外の部分があまりにも損なわれていると感じる基準も人それぞれでしょうし。

羽生選手がクワドに次々挑戦するのは、勝つためでもあるでしょうけれど、結局ジャンプ(に挑戦すること)が好きなんじゃないかな~と思います。色々考えたり、映像を研究したりして、それがハマってうまく跳べたときの達成感とかも。
もちろん、ルールが変われば、それに合わせざるを得ませんが…。
今後どのようなルール改正が行われるのか、ちょっとドキドキしてます。
(クワドの回数は制限されちゃう?
クワドの基礎点が下げられちゃう?
演技構成点の係数が変わる?etc.)

ループは来季にして表現とスケーティング4649

  1. 2016/02/09(火) 23:45:09 |
  2. URL |
  3. mattyan
↑とりあえず一番の願望を口にしてみました。すみませんw

はあ。。ここ数日一部の羽生君ファンに息苦しさを初めて感じていますwいや、神無月様はよくお客さんのこと口にしてましたが、私はそんなに感じてなかったw

結局、大ちゃんファン真央ファンにおきたことが羽生くんにもおきてるってことだな。。と寂しい気持ちでいます。
まあ何があったかは面倒なので省略wしますwは〜〜〜〜っ

パトリック、ほんとに正直者w。インタビュアーさんは親友じゃないっつうの。そしてそういうとこ、ライバル(はにゅ)がヒントをもらっちゃうんだってばw
。。。って考えたけど、ムキになってたらどうしようw(ありうる)ジャンプジャンプってw

パトリックの理論、確かになあって思うとこあるんですよね。4回転に体力を使ったり助走などで時間はとられプログラムに磨きがかからない、、云々。これは説得力ありました。

・・・ゆづがNHKとGPFで魅せてくれた演技は私は素晴らしかったと思う。
全部決めた4回点の美しさ、スピンの美しさ、なによりノーミス!

この、ノーミスでの美しい4回転と他ジャンプの美しさってのがなによりゆづの努力の賜物だと思うんです。

ずーっとサルコウ入らなかったのにやっと入るようになった。丸2年くらいかかった、それを考えると4ループはワールドでいれてほしくない、

今度のワールドこそノーミス、そしてゆづにたりないステップ部分と抑えた表現(シェイの世界観を出し、感情でなく音で作り出す)を完成させてほしいんですよ。。。(ミヤケンの感情ではなく音に合わせろってのにめっちゃ同意ですw)怖い顔とかヤメテw
ショパンもセイメイも大好きだからこそ、ワールドではノーミス祈願神演技祈願です。

そしてパトリックが誇るスケーティング、これを盗んでほしいんです。パトは多数の4回転とプログラムの美しさは一緒にはならないって言ってるからこそ、
(ゆづるは4回転を進化させるのをあきらめるわきゃ無いので)こうなったらスーケーティングもめっちゃ綺麗にしてステップも練習して技術と芸術の融合を見せてほしいんです。

そしてスケーティングの磨くのは今なんじゃないのかと思うのです。

そしてミーシャw前から結構小出しでこのこと言ってますね。
前は「大輔、ジョニー、バトル?だっけ?あとは忘れたがwの時代のような演技が恋しい、ジャンプ重視になぜなったんだい?」的な。
う〜んこれも、ミーシャがあげた選手たちは必ずやジャンプにこだわらなかったというわけでも無いんじゃないかな〜って思ったり。

正直にいうとSNSで訴えてるより、同じく演技で魅せてみ〜って思いますw

最近の情報ではハビは4回転の制限があっても良い、スケーティングが大事だから、って言ってるみたいですね。とりあえずクリケでスケーティング、そして今ボーヤンが週2回習ってるダンスとバレエ、はにゅ君もやって〜〜〜くれ〜

要望だらけwすまんゆづる。なんだかんだ言っても最後は健康祈願です!!あと、結局ははにゅ君の幸せ祈るだよー

ああ、色々言えた。。この場をありがとうございます、神無月様。



神無月さんの生存確認

  1. 2016/02/11(木) 20:06:15 |
  2. URL |
  3. らい
神無月さんお忙しい中コメント欄の承認ありがとうございます
皆さんの意見興味深いですね

色々と考えたのですが、今は羽生選手がオールラウンダーでジャンパーなのでジャンプについて色々と言われています
でも、色んなタイプの選手が見たいって考えだとただ単にジャンプ制限しただけじゃ意味無いんですよね
ジャンパーもスピナーもステップ得意な選手もスケーティングが良い選手もそれぞれがそれぞれの強みで戦っていけるような採点だといいのかな?
ジャンプじゃなくてもどこかだけに特化した採点だと結局それ以外で不満とか出てくる
いろいろとゆれ動く中でよりよい採点になっていくのかなと
採点と観客の感動は違うのでそこも難しい部分ではあります

そして普賢岳さん毎回面白い問題提起ありがとうございます!
興味深いので自分も一言
芸術の定義は分かりませんが、個人的にはあらゆることで「極めたモノ」には芸術が宿ると思っています
ラグビーのタックルも洗練された一流のワザであれば芸術だし
サッカーのゴールや野球のホームランにボクシングのパンチ
どんなものでも余計なものをそぎ落とした「究極」は「美しい」と個人的には感じます
また、ビジュアルってあんまり関係ないかなと思います
(このあたりスポーツではないバレエの方がシビアですよね)
サッカー選手の究極のゴールがイケメンかそうじゃないかで芸術性が変わるのか?と言われると個人的には変わりません

芸術って難しいしあくまで個人的な意見ではありますが
「究極」であればどんなものにも芸術性はあるに一票入れさせてください!
ちなみにあくまで個人の意見なので普賢岳さんの考え方も面白いなと思いますし否定しているわけではないです

あ、あと羽生選手の靴って刃長いんですか?
足のサイズが大きいとか特注で長くしてるとかなんですかね?その方がジャンプ飛びやすいとか?
あまり靴についてはくわしくないのでそのあたりも興味深いです

うーん

  1. 2016/02/11(木) 22:25:48 |
  2. URL |
  3. じゃむし
フィギュアスケートというスポーツが、せっかく音楽や衣装にも工夫を凝らした(一部をのぞ・・・げふん)『演技』を競うものなのだから、短距離走みたく同じ条件・同じスタートラインから競うんじゃなく、多様性がある今のほうが私は好きだなあ。。

パトリックのぎゅいぎゅいスケートも好き・ジェイソンのあれwwそんなことやあんなことまでやっちゃうのプロも好き、でも一方、アーロンのフェンス突っ込みプロも・ぼーやんのきれーなルッツも見るの大好き。
アスリートタイプからアーテイストタイプまでそろってるから楽しい男子シングルだと私は思ってます。

確かに皆そろって横並びに『とにかく高難度、TESのBV上げる』プロばっかりになったらつまんないに決まってます(ガチが言ってるのはそういうことでそ??)。でも、だからといってアスリートタイプの選手の『個性』まで否定されるようなルール(たとえばジャンプ規制)になったらそれはそれで悲しいな、、、とも思う。
それにそもそも、ある能力がない選手を救済しましょうなんて意図がルールに入ったらそれはもはやアマチュアスポーツじゃないwww

ヒラマサ後にあるというルール改正、どうなるでしょうね・・・・
そして私もミーシャの今後の演技においての主張を注視してみようと思いました。

あ、そういえば普賢岳先生、もしかして私以前言葉の使い方間違ったかもです。
私は生粋のゲージュツオンチなので、フィギュアを見るにあたり芸術そのものを求めて見たことはないはずです。芸術『的』に研ぎ澄まされた技を見るのは大好きwwでありますが。
芸術・と芸術的 の使い分け、過去に間違ったことがあったような気がしてきました。今後気をつけますね。


おお、まじめに書いちゃった!!主さまが尽きないネタくれて皆が面白いことばっかり書くからだwwwまた仕事しなかったじゃないか!!(それはおめえのせいだって言わないでね)

スポーツは芸術ではない

  1. 2016/02/11(木) 23:38:50 |
  2. URL |
  3. あめり
普賢岳さんのコメントを読んで、思うところがあったのでこの場をお借りしてまた語らせていただきたいと思います。

私も羽生くんの演技に芸術性はないと思うし、羽生くんのやっていることは芸術ではないと思っています。
それはなぜかというと、フィギュアスケートそのものが芸術ではないと思うからです。

フィギュアスケートは『エンターテインメント性の高いスポーツ』です。
そもそもスポーツなので、芸術にはなり得ないのです。
芸術は、表現者が唯一無二の物、あるいは事象を目指して行う活動であり、正確性を競って得点をつけられるものではありません。
例えばピアノのコンクールでは1位、2位と順位がつけられますが、まれに1位は該当者なしという場合があります。
それはそのコンクールで求められる表現を出場者の誰もが出来なかったと判断されたからでしょう。
ですがフィギュアスケートはスポーツであり、必ず得点がつくので試合の出場者全員がぐたぐたな演技をしたとしても、確実に誰かは1位という評価がされます。
決められたルールをより正確に守って演技をした人が一番いいという評価がされるのです。
でもそれは芸術的ではないですよね。
ですから普賢岳さんのおっしゃる通り、どのスポーツも芸術にはなり得ないし、どれだけ美しく技を決めてもそれは芸術ではないと思います。
フィギュアスケートは他のスポーツと違って音楽を使うことがルールとして決められているので、エンターテインメントと芸術を混同される方が多いのでしょう。

ではエンターテインメントと芸術は何が違うのかという話になってきますが、エンターテインメントは人を楽しませることが第一の目的であるのに対し、芸術は表現者が表現をすることそのものが第一の目的だと私は考えています。
もしもフィギュアスケートをする人が、他人と競って一番になるのでもなく他人を楽しませるのでもなく自分の思うような表現をするのが第一の目的だと考えるならそれは芸術になるのでしょうが、そうすると試合に出る必要はなくなりますよね。
だから、例えばまっちーはわざわざ世界選手権を辞退して引退しましたが、それはフィギュアスケートを芸術として追求したいと思うにつれて試合に出る必要性を感じなくなったからなんじゃないかなぁと思います。
自分の考えた表現を思う存分できたら、そこに他人からの得点という評価は要らなかったんじゃないかと。

あと、羽生くんは試合で一位になったのだからじゃあこのままでいいのかと言ったらそういう訳ではなく、もちろん改善するところはあるでしょう。
フィギュアスケートがスポーツである以上、現状維持ではなく進化が求められると思いますのでステップを疎かにしたり振り付けを省いたりする部分は直した方がいいと私も思います。
正しいステップやディフィカルトターンとして認定されない可能性があるのでエッジの浅さも改善した方がいいと思います。
ただ、ルール上ショートでもフリーでも得点の比重は
ジャンプ>ステップシークエンス  なので
羽生くんがジャンプ向きの長いブレードを使っていることは合理的だし彼のスタイルに合っていますよね。
そしてスケーティングスタイルの方向性はこのままで、磨きをかけていってほしいと私は思います。
例えばPさんの力強くぐいーんと伸びる滑りは迫力があってずっと見ていたいと思うくらい素晴らしいですしPさんしかできないと思いますが、羽生くんの軽いスケーティングも羽生くんにしかできないものだし私は好きです。
『パリの散歩道』をやっていたとき、ステップシークエンスの細かい部分でいつももたついていたのが気になっていたのですが持ち越して滑り込んでいくにつれ動きがスムーズになってきてソチでは完璧だったので、羽生くんはやれば出来る子なんですよ!
ブレードの長さというハンデを努力で克服してくれると私は信じております。

トップ選手はジャンパーばっかりだと私は思ったことないのですが(宇野くんもいるし……)、エンターテインメント性を重視するのであれば演技構成点の比重を今より上げて完成度を重視するというルール変更はあるかもなぁと思います。
ですが、今でも『高難度構成で失敗した人よりそこそこの構成で完璧な演技をした人の方が得点が高い』という場合がままあるので、バランスはそこまで悪くないのでは?と私は思います。
ジャンプの数を減らすのはスポーツとしては退化じゃないか?と私は思うのであんまりやってほしくないです。

ちなみに『楽譜との調和』はフィギュアスケートの評価基準としてあまりふさわしくないのではないかと思います……
例えば音楽を奏でようと思ったとき、楽譜は指示書であるわけなので演奏者はそれに則って演奏をしますが、フィギュアスケートは音楽を奏でるための手段ではなく美しく滑るために音楽を利用しているだけですよね。
だから、例えば羽生くんの『バラード1番』はほぼ第一主題だけが切り取られていて、それは果たして『バラード1番』なのか?という疑問は私にもありますが、2分50秒とか4分半と時間が明確に区切られている以上編曲して一部分を省略することは仕方がないことなのでしょうし、いくつかの曲を組み合わせている場合はなぜこの順番?と思うこともありますがエレメンツをやりやすくするためだというのは理解できます。
つまり、作曲者が本来意図して書いた楽譜とは違う曲になってしまうことはどうしようもないので、楽譜を正しく解釈して滑るということを評価基準にするのはちょっと違うかなと思います。

ちなみにここまで書いたことはすべて試合ということを想定して書いているので、アイスショーにおけるフィギュアスケートはまた別のものでしょうし芸術になり得ると思います。
あと、普賢岳さんのコメントの内容の解釈が違ったらすみません。
『アンチだろうがなんだろうが、歓迎します』とおっしゃられているのに甘えて好き勝手なことを書きましたがアンチではありません!
羽生くんが一番好きですが他の選手も好きです。
選手のみなさんが自分の思うような演技を出来るよう、ファンとして応援しております。

いろいろあるから面白い

  1. 2016/02/12(金) 15:25:43 |
  2. URL |
  3. CAM
はじめまして。いつもロムっています。旬の話題(もう下火かなw)に参加させてください。

もちろん現行ルールは万全ではなく、PCSとTESのバランス等、改善の余地ありとした上で、現時点で出ている声のいくつかには、例えばチームスポーツで、試合に出してもらえない選手が口にする不満(俺の能力が活きる戦術じゃない、戦術を変えろ、監督が悪い等々)に近いものを正直私は感じちゃいます。

個人的には、表現だ芸術だと主観的で曖昧なゾーンがあるフィギュアでも、基本は技術先行であってほしい、技術進化の歩みに逆行してほしくない、と考えます。なぜならフィギュアスケートは、ショーで観るものは全く別物として、試合の場ではあくまでも「スポーツ」だからです。

技術先行といっても、それで表現面が後退するとか、疎かになるようなことは全くないと思っています。複数クワドを入れ成功し技術力が高い今のトップ、例えば羽生くんもハビエルも表現面も評価されています(素人ファンの批評や好みやはおいといて)。今季のトップグループで技術(ジャンプ)に特化していると感じられる筆頭はボーヤンですが、それもシニア1年目、18歳という点を考慮すれば、表現面での決めつけは時期尚早と思いますし、これまでも表現力に欠けると言われた選手が年々表現を深化させていった例は無数にありますよね。

感動や情熱。いい演技。これがフィギュアスケート。これらは主観的で、かなり曖昧です(神無月さんと私の捉える「これがフィギュアだ!」は重なる部分もあれば、全く違う点もあるでしょう)。ノーミス演技にガッツポーズする選手の姿に感動したり、アイスショーでジャンプは少なめでも優雅で美しい演技に涙したり、ボロボロの演技の最後にジャンプが成功したら、たとえそれが2回転でも飛び上がって拍手してしまう、なんてこともあるかもしれない。誰かが文句を言おうが、クワドが増えようが、ルールが変わろうが、(言葉は変ですが)放っておいても、心配しなくても、いつもどこかで感動は生まれ、心に響く演技に出会えると思います。

そして、やっぱり議論の中核になってしまう表現云々。ファンの見方感じ方は本当に人それぞれ、主観に満ちています。羽生くんには表現力がある、芸術性を感じるという人もいれば、逆の人もいる。それは、パトリックでもハビエルでも他選手でも同じこと。この議論では、地上のスケオタがたった一人になるまで結論は一つにならないと思います。いろいろな感想が聞けて面白い、私はそう思う・思わない等々、コメ蘭や酒の席で語り合うオタの永遠の楽しみのということで。なんて、まとまりなくてすみませんw

芸術の幅

  1. 2016/02/12(金) 20:40:34 |
  2. URL |
  3. こふね
神無月さんこんばんは
以前、コメントしたことがあるのですが名前を失念してしまいまして…
一新してお邪魔いたします(^_^;)

普賢岳さんの芸術と技術の話題を読んでいていくつか気になったことと、よくここで話題に出ている芸術論を少し。

そもそもフィギュアスケートで芸術を本気で語ること自体意味のない不毛な会話だと思いますが…。
余りにも、、なので。

まず芸術と表現はあいまいでふわふわしたものだけれど、イコールではないです。

フィギュアスケートはスケーターはもちろんジャッジ含め何かの芸術を極め、理解し、精通している人ではないですよね。
幼い頃からずっとスケートをしてきているのですからそれは致し方ありません。
スケートには精通していますがいまだに答えは出ていない…少なくとも選手には。
ジャッジはルールに則って採点しているのでそのプログラムの曲調の世界観を表現出来ているな、思われればいいのです。
スケーターとジャッジはどの分野のことも極めてはいませんから。


よく誤解をされていると思いますが表現は芸術の一部であり、更に言えば芸術は技術の一部であります。
ですので芸術は技術とも言えます。

artの語源は以前話題に出ていましたが、さらに語源はギリシャ語のtechneから来ていて「テクネ」は、"内在する原理を正しく理解した上で何かをする(あるいは作る能力)"
であるので美しく決まったスピンやジャンプは芸術だ、と思ったり言ったりすることに間違いはありません。
技術と芸術を別で捉えることがそもそも間違いです。
普賢岳さんが例に出されたスポーツも該当されていると思いますよ。
詳しくはボクシングは芸術である、等お読みください。
それぞれの様式美にそって、全てのスポーツはメソッドが確率されているはずです。
それを芸術と感じるか感じないかはフィギュアスケートに芸術性は感じないと言う人がいることと同じで"感性""嗜好"で解決しますよね。


そもそもフィギュアスケートは表現力は求められていますが芸術的かどうか、で採点されてないですよね?

そして、フィギュアスケートの芸術性は膝を巧く使ったスケーティング一つだけでは語られないです。

先程も述べましたが卓越した技術の中に表現も芸術も含まれているので
美しいジャンプも、ジャンプを決めたあと直ちに演技に戻り繋ぎを行えることも、(内在される原理を正しく理解した上で実行しているので)技術であり芸術です。
勿論、曲に溶け込んだスケーティングもディープエッジも芸術です。
また、芸術は"鑑賞者が相互に作用し合うこと"でもあるので観客を引き込み味方につけ共感を得、スタンディングオベーションをさせる演技も芸術になります。

フィギュアスケートはスポーツであるので目に見える技術点で競うことに重きを置いています。
つまり、本当の芸術ではないですよね。

例えばSPでオペラ、フリーで和プロ等、言ってしまえば何でもありの彼らに究極は求められないのです。
本当の芸術を鑑賞したいのであればそれぞれの分野のプロにお任せすればいいのです。
それでもフィギュアを観るのはノーミス演技での興奮や、叙情的な表現への感動、点が延びなくても選手の背景に左右されての涙等、"本当の芸術"でなくても人に訴えかけられる何かがある。それこそが表現スポーツの楽しさで、そんなに難しいことではありません。
スポーツである限りジャンプの成功や回転数に左右されるのは仕方のないことです。


表現にはexpression、representationとあります。

Expression:内部にあるものを外に現し出すこと。特に精神内部のものを外側に現すこと。身振り、表情、言語などを含む。

Representation:外にあらわれること。また、外に現すこと。
内面的・主観的なものを表情、身振り、言語、絵画などによって伝達できるようにすること。表出。
これは分かりにくいですが「再現性」や「見たものそのままに描く」と言えば分かるでしょうか。

フィギュアの流れではどうもrepresentationが優位に立っているかの様に感じますが絵画やバレエで名を残している方々は圧倒的にexpressionの方です。


他の人と違う"何か"があるからこそ偉人になるのです。
勿論基礎があってこそ、ですが。
絵画ではピカソ、バレエならジョルジュ・ドン等がよく名前をあげられます。
これは羽生選手のこと書いている訳ではなくフィギュア界隈のrepresentation主義が意外と根深いなぁと思っていたので。
色んな表現の仕方があっていいのです。
D先輩もexpressionな方ですよね。
芸術に正解はないのです。
解釈はそれぞれあっていいのです。

そこで出てくるのが
Interpretation≠曲の解釈

細かく記すとこんなことを採点しています。
①音楽に合わせた動き
音楽のスタイル・個性・フレーズなどを反映しているか
②表現やニュアンス
個々の音楽を動きで表現しているか
③無理のない動き
無理なく素早くスムーズに滑っているか

選手のプログラム全ての曲をジャッジが理解してから臨むことは不可能でしょうし楽譜の解釈は非現実的でしょう。先程述べたexpressionとrepresentationなどの表現の多様性に繋がりませんし…
もっと自由に表現していいのではないでしょうか?
フィギュアを芸術だと捉えているのなら尚更です。
そもそも曲の解釈と言う訳が紛らわしいとも思いますが…。


そしてここが一番気になりました。
誰かを芸術的ではない、と言う論破は芸術にはあり得ないのです。
逆はいくらでもありますが…
そこだけはご理解頂きたいですね。
芸術は周りに評価され価値を見いだされ芸術になるのです。
誰かに芸術だと思われ、多くの人の心を掴めば、それは芸術なのです。

長文失礼いたしました。
神無月さん、この場を提供して下さりありがとうございました。
またロムに戻りますm(__)m

芸術性

  1. 2016/02/12(金) 20:54:43 |
  2. URL |
  3. lapis
私はフィギュアスケートの芸術性とは何なのかが正直今一つわからないのです。「フィギュアスケートで素晴らしい芸術的な表現する」とはどういうのをいうのでしょうか。バレエやダンスや演劇の舞台のようなものでしょうか。「一つの世界観を(自分の技術を持って)見ている人に伝えること」なのかなとぼんやりと思っていたのですが。自分は本当に小さいことにも、例えば綺麗な指先の形や眼差しや顎の角度や美しく弧を描くジャンプなどにいちいち芸術性を感じて感動してしまうのですが…。

もしも足が短けりゃ

  1. 2016/02/12(金) 23:01:51 |
  2. URL |
  3. TUTIRU HANYU ふゅーちゃーりんぐ 西田敏行
もしも足が短けりゃ
思いのすべてをステップで
きみに伝えることだろう

花嫁衣装で花のよに
狩衣まとえば風のよに
ショパン、奏でる指のよに

たけど僕には迷いはない
勝利に勝るものもない
心はいつでも全開き
思いのすべてを出し尽くす

あらららあら、あらららあら、あららあらー
焼き尽くす

(゚0゚)(゚0゚)(゚0゚)(゚0゚)(゚0゚)

やっちゃったよ
(๑´ڡ`๑)てへぺろ

わしやで、わしやで、こんなん書くのはわたしだけ

  1. 2016/02/12(金) 23:08:55 |
  2. URL |
  3. つっちー
ピョンチャンまでの結弦様の思いを歌ってみました。てへぺろ。(西田さんのあたたかな声で歌ってみて下さいね。)
泣いてる or がっくりきた人、すんまへん。


美しい人が美しい音楽にのせて美しく滑る…それがフィギュアスケート。
と、思ってる素人ファンなので、ながーい足のシットスピンとか、変幻自在のスピンとか、美しいポージングとかには、激しく心揺すぶられます。
ディープエッジにはほーっと思っても、トータルで美しいのか…それが肝。

時には鬼になってしまう結弦様ですが、知らず知らずに美しいのですよね。ほんとに罪な人。

でも、わしもほんとはニースロミオよりも、優雅で美しい結弦様をお待ちしています。ゆったりと余韻に浸れるような静謐なプロが見れれば幸せです。もう、引退後でも待ちますよ。

しかし、色んな見方や、感じ方があるものですね。面白いです。

管理人のみ閲覧できます

  1. 2016/02/13(土) 20:25:24 |
  2. |
このコメントは管理人のみ閲覧できます

つっちーさん

  1. 2016/02/13(土) 21:56:59 |
  2. URL |
  3. こまち
皆さんが真面目なお話をしている中つっちーさん最高で最強すぎます。
めちゃくちゃ笑っちゃいました。
原曲がわかんなかったので検索したんですが、曲名が「ふぃーちゃーりんぐ」だと思っていてなかなかたどり着けなかったです。

本当にいろんな感じ方や見方があるんだなと思うと同時に
こんなに真面目なコメントが続く中、替え歌をぶっこんでくる方もいらっしゃる。最高です。

質問

  1. 2016/02/13(土) 23:15:19 |
  2. URL |
  3. シロップ
神無月さん、またメンドクサイお題をブッこんできましたね。ええ、もちろん好きですよ、そういうところ……。

まぁジャンプ厨としては何か意見をと思いましたが、なかなかうまい結論に至らず…。かつ、また苦手なゲージツ論?ヒョーゲン論?の話も絡んでくるのでちょっと遠慮しようかと思いましたが、コメント欄もメチャクチャ読みごたえがあったので出てきました。一気に読んだので頭がすっかり四角くなりましたが。

つっちーさん、そんな中、一服の清涼剤をありがとうございますm(__)m


で、また何やら腕まくり状態の普賢岳さんの姿が見えましたので、アンチじゃないけど質問させてください。


まず、普賢岳さんの
>フリーで跳べるジャンプの回数を減らすことです。単独を3本、コンビネーションを2本だけにすると良いでしょう。それと「音楽との調和」を「メロディとの調和」に、もっと厳しく言うと「楽譜との調和」に換えるといいでしょう。

という「普賢岳ルール」の記述をふまえての質問

①「音楽との調和」「メロディーとの調和」「楽譜との調和」
は具体的にどう採点するのでしょうか?またどういった採点基準が設けられるのでしょうか?

②そもそもそれをジャッジするに値する人は存在するのでしょうか?芸術畑の方面から連れてくるということでしょうか?

③そうなると、それは「コンクール」とはどう違うのでしょうか?

以上の3つです。
稚拙な質問で申し訳ありませんが、芸術方面に疎い者からの素朴な質問ですm(__)m

ありがとうございます

  1. 2016/02/14(日) 12:26:40 |
  2. URL |
  3. みかん
クワドについて…
新記事がなかなか上がらないことをいいことに、コメしようと思っていたのですが、普賢岳先生のコメにより、またまた芸術論が展開されていて、イマサラ感が半端ない…
それにしても、皆様の反応も多様で読み応えがある!!
TUTIRU HANYUさん、サイコー♪
このような場を提供していただいて、神無月さまありがとうございます。
(それにしても、お忙しいようで…お体ご自愛くださいませ)

というわけで、クワド論からルール改正について思うところのコメント置いておきます。

フィギュアスケート情弱なのですが、それでもパトリックの発言は聞こえてきました。
今シーズン復活と聞いたときはワクワクして、出だしは順調で「今シーズンも楽しみ‼」と思っていたのですが、しっかり横っ面をいかれてしまいましたね。
4大陸、ワールドであなたの表現を見せつけてください!!期待しています。
(と言いつつ、平昌まで続けてくれるのか、ちょっと心配…)

それから、クワド練習との直接の関係は定かではありませんが、ケガが増えるというのも悲しいことです(ジェイソン君…)。
みなさん、どうぞStay Healthy!!


で、フィギュアスケートにおける芸術(的、感?)の評価についてですが…私、そもそも芸術性を点数で評価するというのがナンセンスだと思っております。
体操でも「エレガンス賞」がありますが、採点に関係がないところで選ばれているようです。
(採点基準も明らかになっていないようですしエレガンス=芸術というわけでもないですが)
また、芸術的なアスリートが1番とは限らない。
テニスでもフェデラーのプレーは一般的にも芸術的だといわれておりますが、現在ジョコビッチには敵いません。一方で、セレーナのプレイスタイルも(世間的には意見が分かれるかもですが)個人的には芸術的だと思っています。特に彼女の肉体は芸術的だと思います。

芸術の点数化は難しいから、目に見えやすい(わかりやすい)エレメンツの評価にしましょうっていうのが今のフィギュアスケートの採点でしょう。
それを「現行ルールはジャンプ得意な選手に有利だからちょっと変えましょう!」は具合がよくないと感じます
もちろん、フィギュアスケートが進化するためのルール改正は必要です。
なので、今後行われるであろうISUによるルールに改正は興味深いです。
いずれにせよ、賛否両論はでるとは思うのですが、できるだけ多くの選手たちのやる気を喚起できるようなものであればと思います。
そして、技術の向上を目指すなかでの選手たちの考える芸術性を見せてもらえることを期待しております。


追記
あ、私、ゴッホも好きですが若冲も好きです。

追記

  1. 2016/02/14(日) 14:35:54 |
  2. URL |
  3. みかん
投稿してから普賢岳先生のコメント読み直して、自分の意見のコメの中で「芸術的(性)」と「芸術」の書き分けができていなかった気がしてきたので、ちょっと追記を…。

例えば私の出した例ですが、セレーナのプレイ中の写真は芸術となりえませんか?プレイヤーの美醜を問わず(セレーナ、すまぬ)、プレイにインスパイアされた芸術や競技をモチーフにした芸術は成立するでしょう。ラグビー、重量挙げ、ボクシング、相撲でも。
しかし、そのスポーツ自体が芸術かといわれると、おっしゃる通り「芸術」ではないと思います。なので、私は競技スポーツであるフィギュアスケートは「芸術」にはなり得ないと思っております。
ただ、競技の性質上フィギュアスケートは音楽との調和や世界観の表現を点数にしなければならない。これを「芸術性」とします。現行ルールではPCSに含まれているような項目ですね。これが「そのスポーツが求めているもの」です。

しかし、なかなかこのPCS。の採点基準も細かく設定されているとはいえ、評価者によるばらつきが大きいように思えます。
私としては今後ルールの改正で「ポージングが美しいスパイラル」なども十分に点数に反映されるようになればうれしいなと思っています。

フィギュアスケートが求める「芸術性」とする場合、評価基準の設定はとても難しい。そもそもの定義が個人によって異なりますから。ダンサーのミーシャが訴える芸術性とペラキチの普賢岳先生が言う芸術性もすでに違うような気がしますし。
「羽生選手の演技に芸術性があるかなしか?」「宇野選手の演技に芸術性があるかなしか?」パトリックは?ミーシャは??
これは、それぞれの嗜好性によって左右される項目ではないでしょうか。

ISUがルール改正でうまいことやってくれればいいと思のですが…。
どうなるでしょうね。
私としてはいろいろなタイプの選手が活躍できる競技になればいいなと思います。
(これがフィギュアスケートというちょっと特殊な競技であるからこそのことだと思いますから)
そして見る側もいろいろな見方の人がいているから、ここまで議論が盛り上がりオタクゴコロを満たすのでしょうね。

まとめ。
私の意見としては
①競技としてのフィギュアスケートは芸術ではない。
②しかし、フィギュアスケートでは芸術性(もしくは表現力)が採点される。
③そこに現れる点数は採点基準に則ったもの。
④「芸術」「芸術性」の評価は個人によって異なる。これは自由だ!
です。

神無月さま、コメ増やしてしまってすみません。長々と失礼いたしました。

  1. 2016/02/18(木) 06:44:57 |
  2. URL |
  3. Mayo
だいぶ前に一度コメントした者です。
現役で私が芸術だと感じるのはパパシゼだけです。シングルだとテンくんと小塚さんがそれに近いと感じます。
引退した方も入れると、町田さんは演技に最近本読みはじめました感があって私は芸術はあまり感じません。
高橋さんは芸術性は感じませんが名パフォーマー。宇野くんも一緒です。
羽生さんも芸術性は感じない。表現に幼さを感じます。パパシゼも同い年なのに違いすぎる。年齢は関係ないですね。しかも技術が一級品なので、よけい目立ってしまいます。表現に長けている人はけっこういるけど、それが芸術とまでいえるのはほんのわずかな気がします。小塚さんは表現であまり評価されてこなかった印象ですが、表現すら通り越して芸術的みたいな感じです私の中では。
芸術は人に押し付けるものではないので、人によっていろんな感じ方考え方を拝見できて興味深いです。

一回すごいのを見てしまったのでジャンプ制限は興醒めするので、表現が長けている選手に有利になるような点数配分にするとかで調節してほしいです。宇野くんがループも下りてるみたいですし、もしかしたらジャンプ跳びまくった上で表現もばっちり!みたいなミーシャも閉口する演技を見られる可能性を残しておいてほしいです。

以前こちらのコメント欄で、これだけ高難度なのに、羽生さんに求めすぎだというようなことを書いておられる方がいらっしゃって、神無月さんが羽生結弦を見くびるな的な事をガツンと書いてらしたのを見た直後に、NHK杯があり、違う意味で鳥肌が立ちました(笑)やさしいファンほど羽生さんを信じれてなかったという。。
オータム、カナダを観て、諦めたというか、今季も無理だな、と内心思ったファンの方多いと思うんですけど、神無月さんはそれを許さず求めて、羽生さんがそれに応えたようにみえました。しかし表現面ではまだ。厳しいファンは絶対必要なのだと思いました。

はじっこにひっそり~~~

  1. 2016/02/19(金) 19:27:31 |
  2. URL |
  3. じゃむし
先天的げーじゅつおんちの私。皆様の講義にも近いコメに感動しましたぞ(そしてTUTIRU HANYUの癒しには感謝しかないっす)。勉強させてくださってありがとうです!!

で、、、わからなくなりました、『芸術』って何ですの?

芸術;特種の材料・技巧・様式などによる美の創作・表現(広辞苑)

広辞苑の定義によれば、芸術と技術(技巧)を切り離すのがそもそも間違ってる?
そうそう、こふねさまのおっしゃる通り、芸術のギリシャ語語源、τεχνη techné(テクネー)はもともと技術のことであったとか。
さすれば、美しく研ぎ澄まされた技術はそれ自体芸術そのものと言ってよろしいの?

芸術;表現者あるいは表現物と 、鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動(Wiki)

Wikiの定義によれば、例えば私が誰かの演技にいたく感動し・演技者の思いに心通じるような感覚を得たとすれば、その演技は『私にとっての芸術』と言い切ってよろしいの??

そのう、例えば音楽とか・バレエとか、ある芸術分野に深い造詣のある方って、その分野内での常識的解釈から外れたものを『これは芸術ではない』と断言なさるけど、アマチュア競技であるフィギュアスケートになぜ他分野の常識的解釈を持ち込まねばならないのでしょうか?
そもそもの『芸術』の定義によれば、芸術ってもっと自由で個人的なものではないのであろうか?とわからなくなりまして。

普賢岳先生~~~『ガッツリ受けてたって論破』するんでしょ??どんな論陣張って来るのかwkwk待ってるのに~~どうかすっかり頭が沸いてしまい路頭に迷っちゃった子羊(とうが立ってるがな)をお導きくださいよ~~~

あ、そだ、あと気になったの、mattyanさま、同意同意!!
昨今すっかり表現者代表として語られてしまうD先輩、私彼ほど高難度ジャンプにこだわりを持った競技生活を送った選手、少ないと思うんですよ。何しろあの膝の状態で・五輪でFS2クワド構成から落としたくなかったんですよ?彼の美しい技術へのあくなき渇望とチノニズム努力をなかったことにはしないでほしな、と私も思いましたのよ。

Re: とりあえず

  1. 2016/02/19(金) 20:45:14 |
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  3. 神無月
語源はあくまで語源にすぎないのでは?
アイドルとかどうすんの。

参加する事に意義がある!

  1. 2016/02/20(土) 02:03:56 |
  2. URL |
  3. ペンギン
って私の事ですよー、選手じゃなくてね!

新しい意見が出ると
(*゚ー゚)(*。_。)ウンウン なるほど
(゚ー゚*)(。_。*)ウンウン たしかに
で『私もそう思う、ナゼならば〜』
などの繰り返し。なので現時点での私の中の、もしもこんなルールになったなら(替え歌ではありません、TUTIRUさんサイコーw)

①四回転は必ず1本入れる
②四回転の数の上限を決める
③エレガンス賞を設ける

“音楽の解釈”になんてハッキリキッパリした点数なんてつけられるわけないよ〜常々思ってます。
芸術的、芸術性よりも“表現力”を具現化、のがしっくりいくかな。あ、でも芸術的と思える演技にエレガンス賞かな?…コンクールっぽいかな?とにかくまぁ、せっかく速さとか強さだけを競うのではない競技なのだから、そっちにももっと光をノ(´Д` )ノ
繋ぎモリモリ(が表現力かは置いといて)よりジャンプ1本バシッと!のが好きですけどね。
でもジャンパーだと思ってた選手が表現やらゲージュツやらに目覚めてってる?的な様子を見るのは楽しい♪
今シーズンのアーロンとかね!
今日のボーヤンとかね!

あ、結局結構書いてるわ
あ、神無月さんがいらっさるε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘

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  1. 2016/02/20(土) 08:07:15 |
  2. |
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完璧な技術に芸術が宿るとは

  1. 2016/02/20(土) 21:44:00 |
  2. URL |
  3. ponta
普賢岳様へ

はじめまして。こんにちは。以前完璧な技術に芸術が宿るみたいなことを言ったpontaです。
まだ続いているようだし、発言についてちょっと誤解されているようなので出てきました。

私は、表現力を芸術とはとらえていません。
表現力とは、感性や感動、容姿やスタイル、雰囲気や好き嫌いといった漠然とした基準のないものではなく、TESで評価する以外のテクニックを数値化して出てくる一種の技術点だと思っています。
つまり、完璧な技術に芸術が宿るの意味は、完璧な技術はそれ自体が持つ力によって表現力の評価にも影響するということです。

例えば、4回転抜きのジェイソンがPCSの天井についてるとして、彼がさらにPCSをあげるためには、もう4回転を入れるしか手がないんだと思うんです。
ちょっと逆説的になりますが、天井高でストップしているPCSをあげるためにはTESをあげるしかないという結論に至ったのではないかな、と思うんですね。
そういう意味ではパトリックだってPCSの天井についてて、取れる戦略はジェイソンと一緒、つまりはジャンプ構成を上げることに思えますけどね。
ミーシャはまだPCSの天井にはついていないと思うので、PCSをあげる方法はまだあると思いますが・・・でもまあ・・・。

普賢岳様は、
美男美女が技を決めると素人は理性を失って「芸術」と呼びます。胴長短脚、醜男醜女が同じくらい見事に技を決めても人は「芸術」とは呼びません。
とおっしゃっていますが、それは間違いだと思います。
そして、ここの方たちはみんな素人だとしても、そんな風に思っている人はいないとも思いますよ。

スポーツと芸術についてやPCSについての考え方は、こふねさんの説に同意です。

Re: ん、、、まあそうだけど

  1. 2016/02/21(日) 18:52:59 |
  2. URL |
  3. 神無月
> 語源は語源だから、意味は変遷するけれど、全く無関係な意味や対義語にはならないよね?
> アイドルだって偶像・崇拝するものから若者のあいだでの人気者に意味が変わってったんでそ

意見があるなら非公開はやめましょう。
私もちょっと書き方にイラっとしたのでつい書いちゃいましたが、言ってることはわかりますよ。
ただ、語源にばっかりこだわる必要があるの?と言いたかっただけです。

Re: ん、、、まあそうだけど~追記~

  1. 2016/02/21(日) 19:06:09 |
  2. URL |
  3. 神無月
ちなみに私はフィギュアスケートに芸術性は求めていない…と思います。
ただ、人は何をもって芸術と判断しているのか?という点においては非常に興味があります。
私はパパシゼに芸術だと思うけどど、男子シングルの選手にそう思うことはありません。
ただ、確かに正確無比な技術を芸術と呼ぶのはそれはありだと思います。
羽生くんの美しいジャンプを芸術と呼びたいならそれはそれでいいでしょう。
けれど、それならばパトリックのあのエッジワークも私は芸術と呼ぶにふさわしいのではないかと思います。
だけど、そういう意見はない。
別に感じないならそれはそれで大変けっこうですが、その違いはどこから来るのか?という点において非常に興味があります。

う~~~むむむ 叱られちゃった

  1. 2016/02/21(日) 22:48:23 |
  2. URL |
  3. じゃむし
コメ欄伸ばしてしつこくしたらいけないかと思ってしまったの。ごみんなさい。
あと、私みなさんの博識に感動しただけで、語源にそんなにこだわったかしら。
ま、それはいっか。

パトリックのエッジワーク?あれは私の中では芸術ですわよ。今夕のFS、正座して見入りましたとも。もちろんジャンプも良かったですけど、心持ってかれたのはジャンプ部分ではなかったです。TV越しでも圧を感じるような圧倒的なスケーテイング、今季初めてようやくパトリックが目覚めた、と思えました(あああ・・・ピーキング・神演技券・・・そこは考えないようにする・・・)。

個人的な感動、それを芸術と呼んで許されるなら、ジャンプが芸術だと思うこともあるし・スケーテイングに感動することも・ほかの部分が芸術だとおもこともあり(例えば私が初めてランビに感動したのは彼のスピンだった)、そりゃあ私の中ではいろいろありますわよ。

・・・にしてもパトリック、200点超えてボーやンをかわせたのはあの圧倒的スケーテイングのみでは足りなく、ジャンプ構成あげたせいなので、そこに若干煩悶を覚えましたけど・・・そこはISUもきっと何やら考えているのでしょう~

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  1. 2016/02/22(月) 21:43:31 |
  2. |
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  1. 2016/02/23(火) 23:15:56 |
  2. URL |
  3. こふね
語源持ち出したの私ですね(((^_^;)スミマセン
語源は語源なんですが一つの指標にはなるかなと思ったので。
ですが神無月さんもおっしゃるように採点には芸術的か否かが求められていない派なのでフィギュアのどこに芸術を感じるかは十人十色でいいと思います。

ただ、テレビやマスコミの影響を受けて?かフィギュアの芸術性=表現力を指している人や
じゃむしさんのおっしゃる様に他分野の芸術畑の常識的解釈を当てはめている方もいますね。
そこのボーダーは観てる側の経験や思考、人間性が反映されやすいですよね。
隔たりがあるのはある意味当然です。


確かにパトリックのスケーティングは芸術の領域ですね。
だけどその声が届いてこないのは畑も関係するのかな??

少し前にフィギュアは(語弊を恐れずに言うと)漫画に例えるとわかりやすいのかなぁと考えてたんですが、
もちろんプロとアマと言う求められていることの大きな違いはありますが、一つの作品を一人で描いて表現すると言う共通点が面白いほどリンクするな、と夜な夜な考えてしまいました。

絵=ジャンプやスピンなど無条件に視界に入ってくる花形とも言える見える要素。
話=音感や体の動かし方や間の取り方など表現力や感性の部分。可視化されにくい。

これを踏まえて漫画に嵌め込むと
絵は上手だけど話ががが…って人には原作が付いたりしますが
圧倒的に絵が上手いと絵自体にファンが付いてイラスト集を販売したり画力を評価されて他分野でも活躍する場があったりしますよね。漫画が芸術方向に昇華していった結果でしょうか。
こちらはざっくり言うとジャンパータイプとします。

逆に絵ががが…だけど内容が圧倒的に面白かったり独創的な場合もきちんと支持を得られます。
気づけば原作専門になる方もいますw
こちらのは芸術的スケーターと称されるタイプとします。

でもどちらかだけに偏った漫画家は好みが分かれますよね。
やはり総合力。
どちらも持っている方が結果を出し続けて(ヒット作)巨匠と呼ばれるようになったり私達も知っている漫画家になるのだと思います。
オールラウンダーは自身の連載も抱えながら他にも原作を手掛け作画は別の人に描かせたりして掛け持ちしている人もいますよね。


そして、パトリックのスケーティング(エッジワーク)は超絶技巧のペンタッチやトーンの削り、効果、描くスピードだったり一見地味だけど基礎の部分がずば抜けてうまいことなんじゃないかなぁと思いました。
(フィギュアにとってスケーティングは最重要ってなくらい必要なことなのでぴったり同じとは思いませんがこの部分に近いと思います)

漫画描きや玄人好みの技術で、読者には漫画を描くことへの知識と理解が必要でそれは個人差があります。

神無月さんやこちらのコメ欄の方々は目の肥えた方々なのでスケーティングのよしあしは一目で分かってしまうと思いますが。

そんな訳で花形の絵柄と基礎のペンタッチがどちらも究極的に美しかった時、どちらを芸術と人は思うのか。(理屈を通り越してダイレクトに感性へ訴えてくるか)
これは圧倒的に前者だと思います。
ペンタッチをきれいだなぁ美しいなぁと思っても揺さぶられるほど感動するかと言うとそれは人を選ぶし、一つのまとまった形として具現化されていると言うことも不可避な気がします。
コンパルソリーの廃止もその辺と通じてるのかも。
その点、絵は万人が見ても無意識に入ってきますし
玄人目線から見ても究極的に美しい絵を描くには究極的なペンさばきが必要であることが分かる。
つまり具現化出来ている、と言うことでもあるのかな、、と。
ここはGOEにも繋がるところですかね。
そしてペンタッチとペンさばきはどちらも素晴らしい技術だけど少し違うと思います。


絵もペンタッチもストーリーも全て兼ね備えて、心から奮える漫画。
私達がスケートに求めていることはそんなことなのかもしれないですね。
パパシゼ見てると空想の世界の神話を観ているような気になります(*´ω`*)

ちなみにエレメンツの配置はコマ割りで、ジャッジは編集、観客は読者、PCSは絵と話の評かな、
ってものすごく蛇足でした(*_*)


色々ぶつぶつ書きましたけど羽生さんも他のトップ選手もスケートに対しての姿勢って傲慢にならずずっと謙虚ですよね。
目的を失わずに技術を研ぎ澄まし続けて結果をきちんと出す。(Pさん、素晴らしかったっ!!)
他の分野からも学び続けてフィギュアの常識にとらわれず吸収力抜群。

見てるだけの私は頭柔らかくしてこれからも選手達の動向をわくわくしながら楽しみたいものです。


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